最近、心理カウンセラーの心屋仁之助さんがpodcastを始めました
とはいえ、以前からお名前は知っていたものの著作などは読んだ事がなくて、初めて話しを聴いたのがキクマガというpodcast番組でした
そこでのお話が結構面白かったので、「ホントの自分を見つけるラジオ」を購読しています
まあ、心屋ワールドといいますか、けっこう突飛な感じに聞こえる話も多いので好き嫌いがあるかな〜とは思いますが、ぽんちょも「なるほど〜」と思ったり「それはちょっと・・・」と思ったり、いろいろです
とくに「努力をやめれば存在給が上がって収入がドーンと増える」みたいな話はにわかに「ほんとか〜?」って思いつつ、ついつい聞き入ってしまいます
ちなみに「存在給」とは心屋さんのいう「存在しているだけで自分は価値がありお金をもらう権利がある」とする概念です
この存在給が低いほど努力して収入を得なければいけないが、努力するほど存在給は低くなってしまう
努力をやめれば存在給が上がって、収入も増えて行く、という、なんだかちょっと信じ難いようなお話ですが・・・
それでも心屋さんのお話の中には、ある種の真実があるんじゃないかな、と思わせるものがあって、けっこう心に引っかかるんです
ぽんちょも「努力」には懐疑的な人間で、「努力」と思った時点で苦しみが生まれて「楽しさ」が奪われてしまうんではないかと思っています
「楽しさ」を持ち続けることこそが、結果的に、第三者からみた「努力」というようなものに繋がっていくのではないか
でも順番が逆になったらダメ、という考え方です
たださすがに「存在給」までぶっ飛んだ話は初めてです
ただ心屋さんのすごいところは、はっきりと「どうしてそうなるのかはわからない」と言い切っている点です
どうしてそうなるのかはわからないけど、努力するのをやめたらどんどん収入が上がった
ほとんど魔法みたいな話なんですけども・・・実際に売れっ子の心理カウンセラーであることは間違いないわけです
さて、今回ぽんちょ、聴いていてすんごくうなずいてしまった話があったんです
それは「第25回「断稼ぎ」についてお話しします」でのお話
「成功者の裏にあるものすごい秘密」
世間は成功者の「努力や頑張って成功した」という所を見るし、メディアもそういう話にするところが、うまくいっている人というのは、その奥に果てしない「ラッキー」があるそれは、「なんか知らんけど、たまたまうまくいっちゃった」というラッキーもっとえげつない事を言えば、なんか知らんけど、歌うまかった、演技力があった、スタイルが良かった、顏がよかった、というラッキーイチローなんかにしても何か知らんけど山ほど練習する能力あったんです努力して練習する能力つけたんじゃなくて、そもそも持ってる強大なラッキーでもそれを言うと話にならないのでそれを隠した上で、「努力したから」というし、メディアもそういう話にする「いや私も苦労したんですよ」「コツコツやったんです」「工夫したんです」「嫌な事も我慢したんです」そこばっかり言うから話がややこしくなるんですだからそのラッキーがある人が世の中出てるんですよその努力した部分だけをマネしようとするから誰もうまくいかない努力を捨てれば自分にもラッキーがあることに気付くはずなのに「こんなんじゃダメだ」と努力をかぶせることによってラッキーを潰してしまう
この話は、本当に心屋さんの言うように「えげつない」話ですが、かなりの真実味がありますね
以前にぽんちょが書いた「遺伝か環境か」という話にも通じるものがあります
(参照記事※「努力」か「才能」か。「遺伝」か「環境」か、という話)
心屋さん自身も「たまたまテレビに出て、たまたま本が売れた、何で売れたのか。知らない」と言っています
そう、「知らない」んですよね、きっと本当は
ところが、その「知らない」ことに本人すら気付いていないこともある
どういう事かというと、人間は自分が無意識にした行動、例えば無意識に窓を開けた、などの行動をしたあとにその理由を訪ねると、ちゃんともっともらしい理由を言うんだそうです
実際には理由らしい理由もなく行動したのに、聴かれるとちゃんと理由を答える
これは左脳の特徴なんだそうですが、肝心なのは本人すら「理由を後づけで考えた」ことに気付いていない、ということ
「自分はこういう理由で窓を開けたんです」と信じて疑わない
本当は無意識でした行動だったとしても
なにしろ自分がやったことですから、疑うなんて考えもしないんです
つまり成功者が、「自分はこういう風に考えて、行動し成功した」と例え本人が言ったとしても真実ではない可能性がある、というより、ある脳科学者の言葉によれば「ほとんど本当の理由を知らない」んだそうです
ぽんちょは、心屋さんのように「何でか知らない」と知っていることがすごいなあ、と思ったりするわけです
最近、Facebookの創業者マーク・ザッカーバーグとapple創業者のスティーブ・ジョブズの伝記映画を観ました
二人とも、世界に新しいものを生み出して革命を起こした人物ですが、観ていてホント思いました
この人たちは「努力」してこうなったとは思えないんですよね・・・
もちろん、様々な苦労もあるし頑張りもあるんですけれど、もっと根っ子の部分というか
それこそ一言でいうと心屋さんの言う「強大なラッキー」を持って生まれているというか
まあ、だから幸せなのか?というとそれはまた別の話だと思いますけど
これはでもやっぱり、「不都合な真実」なんですよねぇ
誰にでも平等にその機会がある、という観点に立てばやっぱり「努力」だったり「手段」という部分にフォーカスがあたる
「誰が」やっているか、ということがその前提にあるわけで
心屋さんの言う「ラッキー」は誰もが何かしら持っている
努力をやめれば「ラッキー」に気が付ける
ちょっと興味深いお話でした
↓ほかにも面白いpodcastがあります
キクタスHPリンク
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